2004年年3月に私が敬愛する指揮者サー・コリン・デイヴィスがロンドン交響楽団と共に来日する。
大変すばらしいことである。録音を通じて私にさまざま感動を与えてくれるサー・コリン・デイヴィスとロンド
ン交響楽団である。

 サー・コリン・デイヴィス&ロンドン交響楽団は現在最高のコンビである。少なくとも私はそう思い込んでい
る。その演奏が生で聴ける!この生という響きがたまらない!脳みそが破裂するような衝撃と感動が味わ
えるかもしれない。そんな過剰な期待を抱かせる響きである。

 しかし、それは私にとって多額の出費を必要とする贅沢な行為である。東京までの旅費、チケット代、宿
泊費、飲食費、雑費(高い順)を考えると....牛丼なら180杯,アダルト・ビデオのレンタルなら125回,アル
ミフレーム一輪車なら12台,それほどの出費になる。気軽に捻出できる金額ではない。

 サー・コリン・デイヴィスの年齢(1929)を考えるとはこれが最後の来日かもしれない。今後、私が海外の
コンサートに出かける可能性は極めて少ない・・・・.このような強迫観念が私を決断させた。

 2004年 3月12日私はサントリーホールの入り口を注視していた。私は悪い予感に苛まれていた。サー
・コリン・ディヴィス体調不良のため指揮は○○○・フォン・△△△による代演になりました。ご了承下さい。
このような事態が発生しても不思議ではない。

 入り口には代演を告知する張り紙、たて看板、壁新聞の類はなく、私の悪い予感は考え過ぎであった。

 コンサート開演!オーケストラのメンバーにつづき、ついに!あの!サー・コリン・ディヴィスが登場した!

 間違いない!本物だ!動いている!写真で見るより、お腹にお肉が付いているように見えた!?トレード
・マーク(と勝手に決め付ける)のロマンス・グレー(マッ白?)の頭髪が決まっていた。何より、そこに居たの
は颯爽としたジェントル・マン!75才の老人ではなかった!

 第1曲目はシベリウスの交響詩「大洋の女神」である。CDで聴いたときはさほど感銘を受けなかった曲で
あった。簡単に言ってしまうと、弦楽による波のうねりのなか、木管楽器のメロディーが踊り、金管楽器が呼
応する楽曲である。私の正直な感想は「よい曲だが少々刺激に乏しい」である。
 しかし、生は違う!特に曲の後半、弦楽のうねりが最高潮に達し、木管の旋律が踊り、金管咆哮する迫
力と私を包み込む音響に「これがマナの醍醐味じゃい!」心の中にツウぶってしまった。

 第2曲目はシベリウスのヴァイオリン協奏曲であった。独奏は庄司紗矢香(敬称省略)。

 庄司紗矢香はCDジャケットの顔写真でお世話になっている。なかなか可愛らしいお嬢さんである。軽い
微笑で舞台に登場した。マジかわいい!

 CDジャケットはデジタル処理の偽りではなかった。

 指揮者に演奏開始合図を送ると、その可愛らしい表情は豹変する。眉毛をヒクヒク獲物を狙う豹のように
・・・・何か怖いものを見るような・・・・見てはイケナイものを見た思いがした・・・・

 休憩を挟んで第3曲目はストラヴィンスキーの火の鳥(全曲版)である。

 多種多彩な表現を盛り込んだ作品である。録音の印象から渋い柔らかな響きで紡ぎ出す表現をイメージ
していたが、実際は硬質で鋭い表現は意外であった。フォルティシモを伴ったアクセントは鋭角的で、何か
硬い固まりが飛んでくるようであった。ティンパニーの強打は舞台を揺るがすほどであった。音楽が進むに
つれボルテージが上がる、楽員の動きも大きくなる。私は夢中になっていた。

  火の鳥の演奏時間は40分強になるはずである。それがアッという間に出来事であった。

 アンコールはチャイコフスキー の「エフゲニー・オネーギン」〜ポロネーズであった。指揮者&オケともに
ノリノリだった。サー・コリンは空中浮遊を披露するほどノリノリ元気ハツラツであった!あれならもう20年
は現役バリバリだな。


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