Rhapsody in Kunya
2004(平成16)年2月27日(金)
2月 9日(月)だったかな、パソコンが故障したのはカラヤンの悪口を書いたので罰があたったのだろうか?
修理明細を見るとHD交換と記載されているので、HDが壊れたのでしょう。
それにしてもバック・アップに不備があったので再開に手間取りました。バック・アップは全滅でなく70%程度
残っていて不足分は1ページつづコピーして補いました。私に知識があれば一括ダウン・ロードで一発終了!で
済んだでしょうけど・・・・
今後のためにも方法を探ろうかな?
2004(平成16)年2月6日(金)
●チャイコフスキー 交響曲 第6番 「悲愴」
ヘルベルト・フォン・カラヤン/指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1984年
Deutsche Grammophon
カラヤンの悲愴を聴いた。この録音を選んだのは玉木正之氏の著書「音楽は嫌い、歌が好き」小学館文庫の中で
カラヤンの資質が読み取れると記述してあったのがキッカケである。
この曲は第1楽章の甘美なメロディーと激しく交錯する悲劇。第二楽章の穏やかなワルツ。第3楽章のパワフルな
行進。第4楽章の悲劇の絶唱。少々大袈裟に区別したが・・・・これらの性格を、カラヤンは明確に、明瞭に、ありあ
りと描いてゆく。さらにウィーン・フィルのしたたるような艶やかなサウンドが加わる。
しかし、聴き進むとバカバカしさを感じる。
「この曲はこんなに美しいんだぞ!こんなに悲しいんだぞ!こんなに激しいんだぞ!」
懇切丁寧に、あからさまに説明されると
「バカにするな!そんなこと、わかっとる!」と反発したくなる。
こう想うのが、私の偏見なのだろうか???
2004(平成16)年 2月 2日(月)
カラヤン指揮のモルダウに耳を傾けた。
まず感じるのがモルダウ河の主題でテンポや音の強弱が自在な伸び縮みを伴なってロマンティクな感情をたっぷり
と湛え歌われている。しかも感情に溺れて下品になることなくマイルドな美しさも放っている。さらにマイルドさばかりで
なく、スパイシーな刺激も怠らない。
「村の婚礼」ではリズムの刻みにアクセントをいれる解釈をきかせ。「月の光〜水の精の踊り」では神秘的な震えるよ
うな繊細な響きで聴き手を包み込む。「聖ヨハネの急流」では打楽器の効果的な扱いを披露し。「モルダウ河のテーマ」
が再度登場するときはテンポを落として高らかに歌い上げ望郷の念を強く訴える。そしてコーダーでは後ろ髪引かれる
ような名残を表し、最後は輝かしい強奏で締め括っている。
ウィーン・フィルの充実した響とみごとな起伏を織り込んだ演奏に感じた。
しかし、私にはこの起伏が計算された演出に感じられた。
そして計算された冷たさを覆い隠すためマイルドな味付けと適度な刺激もほどこした。
そんな演出がミエミエのワザとらしい演奏に聴こえるのであった。
こう聴こえるのが、私の偏見なのだろうか???
2004(平成16)年 2月 1日(日)
今月は決意して図書館でカラヤン印のCDをいくつか借りようと考えています。気が向けば感想などを書こうと思っ
てます。昨日、少し書いたモルダウの感想は構想中です。
さて、私のカラヤン偏見は払拭できるでしょうか?
それでは2月号のスタートです。