●ベートーヴェン 「エグモント」序曲
交響曲 第6番 「田園」
へルベルト・ケーゲル/指揮
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1989年10月18日(L)
Altus ALT055
Cover design : Keisuke Saito
「エグモント」序曲、冒頭の一撃から特徴的である。抑えた音量で引き伸ばされ、つづくフレーズも遅いテンポで
丁寧に奏でられる。しかも生々しさ皆無の抽象的恐怖感を演出する。そして冒頭の一撃が繰り返されると、今度
は不気味な力強さで聴き手を揺さぶる。
主部に入ると遅いテンポで丁寧に、そして硬質で冷たい透明感のある音色で音楽が展開される。その緊迫感た
るや、何やら不可解な恐怖感となりオケの響きの美しさが悲痛なものに感じられるほどである。
勝利のコーダーも寒色系のひんやりとした響きで金管の浅く鋭い響きが、どこか回顧的・枕美的な雰囲気を醸し
出している。
ケーゲルの特徴(だと思う)透明感のある硬質な響きと枕美的な雰囲気が全体を覆っている特異な演奏である。
「田園」交響曲の方も、この曲のもつ描写や感情表現、牧歌的な趣は感じられず、ひたすら抽象的でクールな表
現が一貫されている。
まずは第1楽章の冒頭、主題の扱い方が非常に特徴的である。主題を提示して後半のフレーズにリタルダントを
掛けフェルマーターを長く引き伸ばし、間を空け次のフレーズに繋げている。一般的に、このような表現を試みると
濃厚なロマンティクな表現となるのだが、ケーゲルの場合いたってクールである。因みに繰り返しでは、インテンポ
で奏でらるフェルマーターも引き伸ばされない。
いったい?ケーゲルはどんな気持ちで「田園」交響曲を指揮しているのだるか?「田舎に着いたときの晴れやか
な気分」というような表題を無視どころか、否定するかのような演奏が展開される。ケーゲルは「田園」交響曲に共
感していなのか?・・・・しかしながら不思議なことに無機的無味乾燥な演奏に感じられ退屈することはなく、その不
思議な演奏・世界に浸ってしまう。
第2楽章も同様で、途中、伴奏旋律の強調が聴かれる。それが「田園」交響曲のもつ情緒的雰囲気を否定するか
のように聴こえてくる。そしてコーダーでテンポが遅くなり途切れ途切れのような表現で終曲する。何やらこの曲の
もっている幸福感を否定しているようである。
第3楽章以降も描写や感情表現は皆無で、もっとも描写的な第4楽章「雷雨・嵐」も非描写的に展開され不思議
な感覚に包まれている。
第5楽章、これほど表題にある「感謝の感情」が伝わらない演奏も不思議である。ときおり行なわれる金管の強
奏が空虚に響くほどである。確かに鳴っているのはベートーヴェンの「田園」交響曲のはずであるである。どうした
ことだろうか?全曲を締め括るコーダーでテンポが極度に遅くなり、第2楽章同様に途切れ途切れとなり終曲を拒
むような展開がなされる。
「田園」交響曲は聴く者の気分を晴れやかな気持ちにする音楽のはずだが、ケーゲルの演奏は何か割り切れな
い不可解な気持ちにさせる。紛れもなく特異な演奏である。
03/08/11
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アンコール:J.S.
バッハ 管弦楽組曲 第3番 より アリア
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